岡田ジャパンvs南アフリカ戦
WC開催地視察を兼ねた南アフリカ戦が11/15午前0時(日本時間)から行なわれました。
予選免除のホスト国は本番まで7ヶ月を切り、本気の対戦が期待されます。
南アフリカ、その歴史は白人からの差別の歴史です。
長くブッシュマンやホッテントット人が住んでいましたが、17世紀に大航海時代の先駆でオランダがケープタウンに移民し、航海の重要な拠点とし国際舞台に登場します。日本名では南端の喜望峰が有名です。
18-19世紀になると、金やダイヤを狙ってイギリスが占領しアフリカーナが生まれます。
アフリカーナは迫害されたオランダ系移住民で、イギリス系白人に次ぐ階級(白人貧困層)。さらに圧倒的に多い黒人(バンツー)に混血にアジア系で隔離され、黒人は人口の70%なのに国土の9%に押し込められました。ちなみに日本人は優遇(名誉白人)されています。
1910年に英国自治領南アフリカ連邦から1961年の南アフリカ共和国まで英国の差別政策が繰り拡がられ、更に1994年のネルソンマンデラのANC政権樹立まで国際的には人種差別国家として孤立し続けました。
2010年WC開催地にもなり、BRICS新興国の勝ち組に成りつつありますが、未だにエイズや鉱物資源にからむ国際問題や治安悪化など、不安定な土台は今尚否定できていません。
さて、晴天のネルソンマンデラスタジアムで46000人の観客の中、試合開始。
日本は遠藤が組立て、前半10分、長谷部が右足で曲げた初シュート。
続き前半16分左サイドから岡崎が左足でシュート。いずれも惜しいシュートで、落ち着いた状態であることが見て取れます。
前半南アフリカの初シュートは30分。8番の左ロングシュートはキーパーパンチングで防ぎます。
徐々に南アの攻勢が多くなって前半終了。日本は次第に攻める手段が無くなってきました。
こういう攻めが期待できず守りは堅い何も試さない試合は、どちらかが1点取らないと動かないパターンか。
後半14分、本田→俊輔、稲本→松井。中盤2枚を交代し攻めのパターンを変えにきました。
俊輔が入って、FW陣の動きがボール出しを期待した早い動きに変わってきました。
後半26分、大久保→こおろき、内田→徳永。
後半29分には俊輔のコーナーに中澤がボンバーヘッド。惜しくもゴールならずも伝家の宝刀を久々に見ました。
後半35分、駒野→今野。
日本の攻勢が多くなるも、最後は堅く抑える南ア。
攻勢が続くと、南アも早い逆襲を見せ、アフリカの実力の片鱗を出します。
そして試合は0:0で終了。
俊輔へのマークの厳しさは質が違うところを見ても、南アにとって本番を控えて手の内を隠しながらの負けない対アジア様子見試合だったのかもしれません。
日本も最近多かった一本のロングパスだけの失点も、同じような中澤の弱いバックパスで危うい場面も有り、まだまだ中途半端な仕上がり具合を感じさせた国際強化試合でした。
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