絵の勉強 色彩検定3級 0806

川瀬巴水2010カレンダー

2009年に続き2010年の川瀬巴水カレンダーを発注、到着しました。

2010年は、

表紙は目黒不動山

1-2月は弘前最勝院

3-4月は表紙と同じ目黒不動山

5-6月は亀戸の藤

7-8月日光街道

9-10月は裏磐梯青沼之朝

11-12月が冬の嵐峡

個人的には、日光街道>裏磐梯青沼之朝=弘前最勝院=亀戸の藤>弘前最勝院>冬の嵐峡の順に落ち着くかな。

いい作品だね。

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横浜美術館

みなとみらいの横浜美術館は前から行ってみたかった美術館です。

今回、たまたま開催されていたフランス絵画の19世紀の展示がされていたので見学してきました。

日曜かつ夏休みも重なるこの時期にもかかわらず、会場は思いの他に空いていてゆっくりとイヤフォン説明を聞きながら見ることができました。

個人的に人物画は好きではありません。

理由は、宗教のニオイが強すぎたり、悲劇の時の欧米人の顔の恐さだと思っています。

それが19世紀になると表現方法に自由度や柔らかさが出て少し薄れてきている感じを今回展示作で知ることができました。

人物描写で見たのは、バランスと顔と手。

それが、上手い。

どうやらこの19世紀までは、神話や聖書などの歴史画が絵画では最高位で教会や貴族豪邸に描かれていたそうです。

それが18世紀後半にフランス革命や産業革命が起き、貴族や教会のみの強大な権力に代わって新たにブルジョア層が台頭、それが美術界にも大きく影響し始めます。

当然、絵画自体が信仰の深さを表現するとする敬虔な信者からすると、絵画が新たな表現力を持つことさえ許しがたいものだったのでしょう。

その頃までの絵画コンテストでは風景画などは落選するのが当たり前の時代だったようです。

それでもフランス革命が起きた1789年から、50-100年をかけてやっと例えばモネの風景画が生まれ認められていくのを知ると、自由そうなフランスでさえ3世代かけないと常識や既成概念は換わらない物だったのかと考えさせてくれます。

ゆっくり見ても印象は、うーん上手い。

恐らくは絵画の中の作家が特に訴えたい数人の描写は、今の写真技術よりも綺麗にかつ忠実に細かく描いているのではないでしょうか。

六本木や上野の美術館ではこんなにゆったりと絵画を見れることはないでしょうから、1400円の入場料にも美術展にしては珍しく納得です。

少しだけ人物画への評価が変わった展覧会でした。

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平泉の純情

世田谷美術館で行われている平泉~みちのくの浄土展を見に行きました。

岩手県では、その昔(1080年ごろ)に藤原3代が栄華を極め、マルコポーロが黄金の国ジパングと勘違いし日本を伝えた原因とされる平泉中尊寺金色堂を象徴とする繁栄した100年が有りました。

会場では跡の32gの金塊が展示されてました。金箔にすれば2g有れば畳一畳まで延ばせるらしいのでどれだけの装飾品をまだまだ作れたのか想像させます。金のまぶしさは人を幻惑させますが、金属としての属性も最も導電率が高く、見た目だけではないのかもしれません。

今から900年以上前の話とはいえ、実直な東北人ならではの丁寧さを大切に写され残された文化財で知ることが出来ます。数を限定した出品作には真正を求め、くどい様に突き詰め煮詰め、変節しないように仏像は金で覆い、曼荼羅図や一切経を金銀を溶いて書いて残した芯の強さを感じます。

都(京都)からみれば関東など野蛮な田舎っぱずれ、東北にいたっては道の奥(みちのく)と揶揄された時代に、我が道の文化を清貧さの中の集中させた財力で直接本場中国から仕入れていたのでしょう。確かに朝鮮やら朝廷やらを経由し更にみちのくまでの順を追えばかかる時間と介在する人物で真正が薄れるだろうとは理解できます。

そのまま中央に邪魔されなければ突き詰めた独特の文化を形成してくれてたのでしょうが、鎌倉武士時代となり義経の隠蔽を理由に4代目藤原泰衡を強引かつ巧みに操る頼朝に貴重な歴史は止められます。

歴史上は、北の蝦夷にそしてその蝦夷を討つ為に来た征夷軍に支配された陸奥の国。安倍→清原→奥州藤原と半独立の度合いを強めるも源氏にその芽は詰まれ、伊達まで中央での認知度とともに文化度も独立性は低くなる。

気候以外にも、芯は強いが否なもの強いものには表面上は逆らわず我慢する、そんな東北純情の理由が歴史的に有ったのかもしれません。Dsc00697_3 Dsc00701_3

世田谷砧公園の桜

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絵師の生き様-長谷川利行

長谷川利行さんって画家をTV(なんでも探偵団)で知った。この番組は日本の文化財を一番簡単に教えてくれるから有りがたい。

その画風に興味が湧くが展示会予定は無く、長谷川利行画文集 どんとせえ!、を発注したが1ヶ月経っても購入できない返事で、仕方なく図書館で本を借りました。

落書きやかげろうの様な絵が多く、絵の具と時間を惜しんでいるような理解でき無いものが多い。[大島の海や伊豆大島やビール会社風景や花火やパンジー、たぶんほとんどでしょう]

でも不思議と強い視線のようなものが迫ってくる[汽かん車庫(本の中では最高だと思う)、ハーゲンベックのサーカスや新宿風景や隅田川風景や夜景や荒川風景など]などは二科展出品作品やある程度時間をかけたと思しき作品には多く、風景画はバランス感覚が良いのか、正面から見てしっかり落ち着き迫る絵が多い。

晩年には白を巧みに使ったとの評だが、光の照りだとかの使い方ではなく、黒い太線をさらに強く太く見せる、だけでなく特に人物画では白が滲み出してきてる。これじゃピカソと呼ばれる訳だ。

絵師の才能はこれからも誰かに受け継がれるのだろうが、墨や絵具が発達してきた江戸時代の絵師とは下劣な浮世絵を書いて日銭を稼いでたろくでもない奴らだったのは想像できる。

お殿様のお気に召せば一代財を成し、名声で他の作品も高価になり、ただそれも一代のみあるいはお殿様の心変わりで貧乏に戻ったのではないか。

明治後半では、酒の為に金持ちに似顔絵を無理やり描いて留守中なら帰りまで待ったり、ゴールデンバットの空き箱に絵を描いて客に1日30枚も売ってた、絵の才能が下りてきた法螺も厭わない酒好きな無頼にとって、厳しい時代だったようだ。

昔の上野や横浜のドヤ街をオボロげに覚えているが、昼間も道路に大の字で寝そべったおっちゃんと、土ぼこりのにおい立ちこめた異質空間だった。そんなとこでも飛び切りの嫌われ者の酔っ払いらしかったから、長谷川利行恐るべし。

野垂れ死にって、ある意味無頼派の理想だが、たかられるので皆に逃げられ死後誰も口を閉ざした人生は重凄すぎる。短歌集を出すほどの繊細な神経は自分への言い訳なのか。

この世に名を残したのは、悪仲間に無理やり恐喝され個展を2年で19回以上もできるほど書かされた多く作品が有ったからだという。悪仲間が画廊を閉じた頃にはぼろぼろで、2年後に路上で倒れた。

画家に限らず、天才には傍らに理解者が必要ですね。

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ルーブル美術館展

花見がてら、上野国立西洋美術館で開催されているルーブル美術館展に行きました。

パリに旅行で本物のルーブル美術館に行った時その建物の広さ大きさにびっくり。展示美術品も大きいものが多く、庭も半端なく広い、何より建物自体が芸術品。

日本だったら、江戸城に狩野派の絵や鎌倉の大仏を並べて展覧しているようなもんでしょう。

雨も上がり、久しぶりの上野は丁度はち切れそうな桜の蕾と気の早い桜ファンで大混雑。

ルーブル展は、帰りのアメ横での買物の試闘準備のおばさん連に、音声ガイドでゆっくり見ることさえ許されないものに。肝心の作品も定番のフェルメールのレースを編む女やポストやロランやトゥールの作品でほっとしますが、おそらく本物の1/500程度の陳列で少なく、宗教画や人物画に興味が無いのでせいぜい入場料500円位がいいとこの催しでした。よっぽど東京国立博物館の方が価値が有り。Photo_3

上野って昔から動物園を中心に子供連れ家族と浮浪者のものって感じだったけど、西洋美術館を世界遺産にって動きも、富士山と一緒で上野公園の街からゴミを無くすのが先じゃないですかね。

まー、今どきにしては街に元気が有っていいんですけど。

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川瀬巴水2009カレンダー

注文していた川瀬巴水さんの2009年カレンダーが到着した。

表紙は松山城名月(昭和28年)

1-2月:奈良薬師寺(昭和26年)、多分5cmくらいの降雪の後。

3-4月:松山城名月(昭和28年)、表紙と同じ、月明かりの夜桜。

5-6月:ベランダより見るつつじ庭(昭和10年)、つつじの萌庭から望湖。

7-8月:上州法師温泉(昭和8年)、板張り温泉から覗庭。

9-10月:塩原猿岩(昭和24年)、北関東の紅葉狩り。

11-12月:旅みやげ第三集大阪天王寺(昭和2年)、静降雪の中を番傘で。

50-90年も前の名版画が残っているのは有りがたいことです。

今春、江戸東京博物館で川瀬巴水展覧会に見に行った時、実は版はいくつも試され、構図もスケッチから一般受けするように修正されることを知りました。

その意味では写真や風景絵画の実写より、不要なものを省いて構図バランスの完成度は高くなります。その点で自然をそのまま受け入れようとする日本文化でよりも、海外での評価が高い作品なのだと思います。

個人的には巴水作品の中での朱色と白の色使いと月明かりが好きで、今回のカレンダーでは5-6月の絵のつつじの朱色が一番いいな。

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カレンダーって

アナログ的に月日を教えてくれる、めくるページももう今年もあと3ヶ月となった。

今日は何日?と探るときになかなかわからないときがある。そんな時にやっぱりカレンダーは役立つ。

目で追いながら、うーん、頭で今日は土曜日だから・・・、えーっとゆっくりと、4日だなと確認する。

カレンダーの語源は毎月の最初の日を意味するらしい。

そういえばBARレモンハート(マンガ)で、月の初めを知らせる為に、声を出して「今日はカレンダー」だと街にふれ回る人がいたと書いてあったっけ。金貸し業者が今日は期限だぞってふれ回っていたってことか。昔も金を借りた方は忘れたふりをしていたのだろう。

正確な期日も約束事が無ければあまり意味は無い。カレンダーも必要な時以外はあまり主張せず、何か絵画などで和ませて欲しい。

今年は某印刷企業の株主優待カレンダーでKYUJIN YAMAMOTOさんの絵画を観ながらだったが、株はお休み中なので、来年はどうしようか考えた、無料の頂き物も気軽でいいが、・・・。

調べると川瀬巴水さんのカレンダーが予約販売を開始していた、早速注文。

絵柄は未定だが雪の芝増上寺の絵があるといいな。

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子供の頃から絵が苦手で小中学校の授業以外で描く事は全く無かった。

50を前に今までしていなかったことをいくつか始めようと思い、昨秋始めたのがクレヨン画だ。

最初犬の絵を描き始めた。身近で描きやすいと思ったが遠近感が分からないので上手くかけない。少し勉強すると影を描くことが重要だとわかってきた。遠近感や立体感が影で上手く描けると少しましになってきた。

次に題材で道を描きたくなった。そして去年描いた絵を今回アップしてます。Photo_7

なにせ風景画も初めてだったのでまず何をどう描こうか考えた。

そして手前から真っ直ぐと紙の6割くらいの高さまで続く道を描いた。

真っ直ぐな、周りにも奥にも何も無い道の風景が寂しい。上下左右からの明るさも暗さも変化無く、背景や側景も無い絵が、寂しい。

ついつい周りに景色を足し、道を曲げ、光を足し、要はにぎやかにしてしまった。クレヨン絵は上書きできるのでその点は自由だ。

その後東山魁夷さんをTV番組で知った。偶然だが最初は、東山魁夷さんの「道」とほぼ同じような構図だった。

寂しさを知ってか知らずか、何も足さずに真っ直ぐに描ききっている。これはと思い、春に生誕100年の展覧会で現物を見に行くと、更にその絵の大きさにもびっくりした。絵には青年のこれから向かおうとする未来へ挑戦する視線を感じさせる。描ききった作者の主張や大きさを感じた。

道の絵を描くとそれは人の道になる、これからの人生観が出るものだ、と魁夷さんの絵で知らされた気がする。

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色彩検定合格証書

今日6月に受験した色彩検定3級の合格証書と3級色彩コーディネーター資格証が送られてきた。

合格証書はA4サイズで色気が無いもの、資格証はキャッシュカードに似た感じ。

使うことは無いと思うが、証書はきらびやかなものを想像してただけにチョッとがっかり。

もう少し色の室内色やガーデニング色の組み合わせだけは勉強したいんだけどな。

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色彩検定合否発表

先月22日に受験した色彩検定の合否発表が郵送で有り、3級合格でした。受験後に勉強不足を反省し、速報で合格は予想できましたが合格通知はやっぱり嬉しい。合格証書と資格証は8月下旬に。

200点満点で今回合格ラインは130点。合格率の高さはこのライン設定にあるようです。受かる人が多いから次の受験者も多くなる、すごいビジネスモデルです。

採点対象外(13問目のA)はどうやら色心理の民族的な差の有無を問題として差し控えたようです(人種差別懸念かな)。自己採点すると165点か、色名と配色が散々。勉強不足で知識ではなくセンス(感?)で答えた為、合格とはいえ、配色の間違いの多さはセンスの悪さということでショック・・・。

今回少し勉強して思うのは色彩って美術や理科で教えても良いんじゃないのかなってこと。学生時代教わって良かったと思えることは割と少ない。絵が下手で図画の授業中は早く終わんないかなって思ってたが、今はクレヨン絵なんか描いてみたいと思ったり展覧会に行ってみたりする。色や光の深さや意味なんかも考えたことも無かったのに。

趣味や個性って、齢をとって未踏分野を埋めてみたい感覚って何なのだろう?と思わせてくれました。

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いくぜ

夏本番を迎えたようだ。

19日に関東も梅雨明けとなり、夏休みの子供たちには楽しい季節が始まった。

学生の頃の夏休みは、特に甲子園の決勝を迎える頃までは暑い中、何かに向かって走っていた気がする。セミ取りに、祭りに、校庭の蛇口に、アイスを買いに、試合で、練習で、ボールを追って。もしかしたらそれは太陽を追いかけていたのかもしれない。

そんな事をひまわりは思い出させてくれる。陽に向かって、目を細めながらも視線は斜め上へ外さない。

夏になったらそんなひまわりの絵をクレヨンで描いてみようと思っていました。Photo_6

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色彩検定受験

日曜に色彩検定3級を受験してきました。解ける問題を20分ほど、残りの50分はテキトー感は否めません。終わってみればもっと真剣にやれば良かったと思います。学生時代と変わらないね、全く。

例年合格率の高い資格ですが、さすがにテキスト一読ではなめ過ぎ。試験問題の配色やカラーコーデイネートなどは、テキトーに答えたが半分当たって合格するかどうか?。独学には限界があるのかな。

それでも色彩への興味が出たのか、実物で見てみたくなりました。しかし旅行回数、季節、その日の天気にも恵まれて、良い景色に遭遇するチャンスは人生で何回位あるのでしょう。梅雨時でもあり、シンフォレスト社のDVD色彩浴を購入しました。絶景で色の説明をしてくれます。

春:曙色(染め:下方白め、上方紅、紫、藍)、東雲色、白鼠、霞色、想思鼠、萌黄色、萌木色、萌葱色、白緑、若草色、金色、菫色、菜の花色、桜色、紅梅色

夏:黄緑色、深緑、常盤緑、千歳緑、青竹、若竹、老竹、草色、花葉色、ラベンダー、向日葵色、空色、天色、水色、苔色、水浅葱、白繭、虹色、覗色、かめ覗、新橋色、鈍色、瑠璃色、緋色、火色

言葉から想像する色絵より映像が有ると理解度が違います。言葉だけでそれぞれの単色を伝えるのは難しい。

きっと色とは重なり、折り合い、比較されて、流れるように視覚から記憶へ伝わっていくのでしょう。そういえばテキストで目は脳が進化したと考えられていると有りましたっけ。

面白いことを深堀りし、趣味はゆっくりあせらずやっていこうと、心に刻んだ一日でした。

PS.気になって先ほど検索したらユーキャンの速報で83/98問の正解でした。えーーすごい。間違えた問題で気になるのは白色光と茄子紺と配色。複合光と白色光の違い?、茄子紺は会場では真っ黒では?、配色はセンス悪?。でもほっとしました。

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色彩検定受けるぞ

今月の色彩検定3級の受験予定です。縁の無い世界の勉強で脳への刺激が目的。

色彩調和、環境色彩については身に付けてみたい。自然環境理解や庭つくり、エクステリアやインテリア選びに活かせたらいいな。

テキストを購入し光の性質や眼の構造、おっなかなか面白い。黄色も顔料が発見され無かったらゴッホもひまわりを書かなかった、うーんなるほど。ここまではOK。

しかしテキストを進めると、正直嫌になって受験を止めようと思ってました。

PCCSにマンセルやJIS、日本語の形容詞や色名・・・・。色って自由世界だと思ってたらけっこうルールでコントロールされてる驚き。それと日本語のあいまいさがなんとも微妙。刈安色とか鴇色や黄丹なんて見たこと無いぞ。中断。

昨日受験票が届き、テキストを再度開き始めましたが、間に合うかはかなり心配。

でも絶対受けるぞ(自分に言い聞かせ)(受かるぞでは無い微妙感)。

がんばろうっと。

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あざみの一輪ざし

あざみを見ると母を思い出す。

転勤が多く、金沢に居た時に母が突然やってきた。深くは聞かなかったが2ヶ月位泊まっていった。考えてみれば今の自分の年齢の頃だ。帰るとき小松空港近くの蕎麦屋にあざみの一輪ざしがあまりにさわやかで無理を言って戴いた。夏の初めのかげろうの立つような暑い日だった気がする。初めての飛行機に、一人で搭乗する時に係員も窓側の希望を聞いてくれた。帰りに上空から家の近辺が見えたらしい。

その後、家で根を張り20年以上大きく育った。が昨年大き過ぎたので伐ってしまった、何故か全く芽は出てこない。

母の日の贈り物には似合わないし開花も間に合わない。でも借りが返せないままの想いと、可憐な薄赤紫の一輪ざしの思い出とが重なる。

今日はあざみの花の絵を書いてみようかな。2nd Photo_4

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東山魁夷展

国立近代美術館に生誕100年 東山魁夷展を初めて見に行ってきました。

少し本で下調べをしてから行ったのですが、見てその絵の大きさにびっくり。展示作品の特に樹や月、水が描かれた作品が深く心に浸み入りました。上下の中心線にすら決断力を知らされます。

音声ガイドの自声を聞きながらでしたが、魁夷という人は写実画家ではなく、現代のArtDirector、WebDesigner的な感性で筆色に自然への美しい思いを託したのでしょうか。

道、白夜光、樹、秋深などの巧みな筆勢は感動的で、後頭部から前方へ強く吸込まれる感覚でした。最後の展示作品夕星に、その星の輝きに、はっきりと作家生涯の意地の主張が。

いくつかの訪問先の心に残るイメージを、後で複合再現したと説明していた絵も。試行錯誤の失敗作は?、完成まで何回描いたの?、画家の才能は気力と体力で創られると偲ばせてくれました。

選んだ「道」は間違っていないし、日は落ちても輝く「夕星」をこんなにも多くの人が見つめていますよ。

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色と光 逆説の真実

年金アドバイザーに合格できたので、調子に乗って次は色彩検定にチャレンジしようと思っています。

先週ヒアシンスがきれいに4色咲き、何故いろいろ色が有るのか考えていました。思い出したのが種の保存本能。甘いにおいや自ら違う色を作り出しさまざまな種類の虫を呼び受粉確率を上げている。

ところが色彩検定の勉強を始め、考え方が逆だったのを知りました。眼からウロコです。

赤波長を吸収しない花の表面はその波長を反射するから赤く見え、どの波長も同じように吸収するから白い花に見える。太陽光が全ての色で、表面の選択吸収次第なのだと。

夏場暑い黒い服も、実は服表面の光の吸収率が高いから黒く見え、光をたくさん吸収しているから熱くもなる。

信じていたものを逆側から知らされる新鮮な驚きです。

物に色が有るから色が見えるのではなく、反射する光の波長次第でそこに色が見える真実。光が全ての色なのだ。

視覚の無い植物のたくましさと、太陽のありがたさを再認識しました。

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東山魁夷の道

東山魁夷という名前はご存知の方が多いでしょう。

去年奈良の薬師寺で平山郁夫の中国の景色を見ました(正確には西域壁画か)。自然の大きさを伝えることが上手だと思いました。現物は伝えるものが有ります。

同じく奈良の唐招提寺に東山魁夷の障壁画があるらしいのですが、年に数日しか見れないらしく実物は見れませんでした。確か改修中でビデオがまわっていたような気がします。

東山魁夷の初期の(S25年日展)の作品を知りました。作品名は道。その道はまっすぐ正面に続いています。路傍に樹も家も奥景に山も無い。中空の先に浮かぶ未来に向かって若者の挑戦する眼差しを感じさせます。

どんな評価されているかは知りませんが、すごい絵だと思いました。いやすごい人だ。

今月末から東京国立近代美術館で展示会があります。混むんだろうな。

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川瀬巴水展

江戸東京博物館で行われている川瀬巴水展(没後50年)に行ってきました。

巴水の版画では白色と朱色が、雪と雨と夕景と夜灯りが好きです。ですから特に作品の芝増上寺は大好きです。

様々展示された原画と試摺りと版画を見比べると私のような大衆受けする為の微細の調整を知ることができます。雪の降る角度でも印象は変わってしまいます。原画より良いと思うもの、アレっと思うもの、苦労が偲ばれます。

もう無くなりましたが芝浦の某新聞社旧工場にお邪魔したとき大きな風呂場があるのに驚くと夜中が大忙しの新聞工場の実態と活版印刷の大変さを教えてくれました。それ以前の印刷技術方式の木版印刷がつい半世紀前まで有ったわけですね。今はデジタル化が進み、色もCMYKで分解すれば理屈上は全色表現できるはずですが、実際のカラー印刷などはインクトナー成分の進化や紙の質でようやっと原色に近づけているレベルでしょうか。白や黒でもデジタル合成では古い技術の版画の表現力に勝てない気がします。

やけに大きな建物の江戸東京博物館でしたが外国人や小中学生が多かったのは良し、料金が安いのは心配、おばさんの数の多さには脱帽でした。

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天才と才能

六本木へ行って2つの展覧会を見てきました。

まず横山大観。若い頃から才能を見出された日本画壇の超エリート。没後50年。

今日の展示作品では雲や霧の暈しがよく見る中国の山水図よりもぼんやりっとした印象。

見学人の多かったのもあるが再度見たくなり本を買ってしまった。

片やロートレック。ムーランルージュと娼婦街を愛した小さな偉大な芸術家。

後から見たせいもあるがインパクトが大きい。今ではデフォルメされた似顔絵を見慣れているが、写真の顔と比べるとポスター用では決して美しく書かない。悪意かしゃれっ気か宣伝か。

各々こぼれんばかりの才能あふれた作品だったが、本人の素性や人生の選択を読むと苦悩は相手が天才でも容赦せず訪れるものなのか。傍で認める人が重要なのかな。

それにしても防衛庁が有った頃とは街は随分印象が変わりましたね。

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