22才の別れ
スカパーで見たこの映画の副題は、葉見ず、花見ず。
彼岸花(洋命リコリス)、別名曼珠沙華(まんじゅしゃげ)の特徴を現した副題だ。
その花は秋の彼岸前に真っ赤に咲かせるが、その時に葉は全く無い。花が枯れた晩秋に葉を出すが、その葉も春には枯れてしまう。
花と葉はお互いその姿を知らない、毎年その繰り返し、ちなみに種は付けない。
種を作れないその花が中国からどのように日本まで来たのか。
洒落た一説では、中国から毎年1cmづつ1億年かけて球根が移動して来た壮大な生命力の不思議だという。
花のその赤紅さ、墓地に咲くこと、茎の強い毒性などどこか恐い花のイメージが有るが、神奈川の日向薬師では9月後半に壮観な集団での眺めを提供してくれ、一輪では見せない賑やかさも持っていることを教えてくれる。
映画では、コンビニでバイトする若者の家賃と食費で精一杯の負け組み生活と、独身で中年の高年収勝ち組生活、その折り合いに彼岸花の特徴を重ねます。
中年も実は若い頃は負け組みで、やっと買えた彼女の22歳の誕生日ケーキに立てた22本のロウソクとその後すぐ来た別れの思い出が忘れられない。
確かに、23歳の社会人は無性に子供だが、その1年前の22歳の大学4年は特に女子は異常に大人な事実、少なからず誰もが傍で見てきた記憶の一つだ。
後からしか判らないその瞬間の貴重な寂しさを、男は取り戻せない思い出として大切にするものなのか。
映画はどこか演劇っぽく、セリフの中身で勝負しているような内容です。
昔の彼女の娘に偶然出会うって想像すると、うーん、・・・、確かに言葉が無い。
ラストシーンの夜の津久見や臼杵の提灯や曼珠沙華の美しさは、毎年繰返す1年の中でホンの僅かな時間を、記憶に残る美しくもの悲しい時間として、監督は最初から狙っていた風景なのでしょう。
こころって深いね。奥底に琴線の欠片がいっぱいゴロゴロしてそうだ。
その欠片を刺激する珍しいタッチの映画でした。
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